寒蘭の栽培について

  寒蘭の栽培は、ちょっとしたコツを押さえれば誰でも出来ます。みなさんもぜひ栽培にチャレンジして、晩秋の凛とした花と清々しい香りを楽しんでください。

このページの画像とリンク先の動画の一部は高知県のwoodsさんより提供をいただきました。(感謝!)  

寒蘭という植物

 「金紫鳥」 土佐寒蘭の銘品

 

 寒蘭は洋蘭のシンビジウムや東洋蘭の春蘭などの仲間で、東南アジアの亜熱帯から温帯の暖地に分布し、我が国でも南西諸島から黒潮の洗う九州、四国、対馬、和歌山、三重に分布し、さらには静岡にも自生があると言われており、それがこの植物の分布の北限と言われています。

鹿児島、宮崎、高知などかつては里山近くでも大株が花を咲かせていたそうですが、乱獲と自生地の環境の悪化により、ちいさな苗が見られるのみとなってしまいました。自生環境は温暖な山地の常緑樹の下であり、川沿いの木漏れ日が当たるような斜面によく見られます。

 寒蘭はその他の蘭科植物と同様、種子に胚乳のような栄養を持たず、発芽した種子は土中の微生物(ラン菌)と共生することで養分を得て成長し、地中に根のもとになる根塊(プロトコーム)を発生させて、その後地表に向かって根を伸ばして、その後ようやく地表から発芽してきます。

ラン菌はその後も寒蘭の根で共生関係を続けます。ラン菌と寒蘭の共生に関しては未解明な部分が多く、このような寒蘭の独特の生態を論ずるうえで神秘的なものです。はっきりしているのはラン菌が元気であればその寒蘭は活発に成長するということです。

 寒蘭の生育サイクルですが、春遅くに新芽が伸長し新しいバルブ(葉の根元の膨らんだ部分)の形成を始めます。同時に前年のバルブが成熟し、初秋に通常前年のバルブから花芽が伸び始め、晩秋10月終わり頃から開花が始まります。低温期の開花ということもあり花期は長く、通常1ヶ月程度楽しめます。

 葉姿は同じ温帯シンビジウム属の春蘭にくらべて大型で、葉長50cmにもなります。花は細弁で大輪、花茎は株の上に出て高く咲きます。一茎に多くの花をつけ、多ければ10花以上もつけます。花には清々しい香りがあり昔から「葉よし花よし香りよし」と讃えられます。

 この時期に各地の愛好会では展示会を開催して会員の栽培の腕を競ったり、新銘品の登録をしたりしています。


苗の入手

 寒蘭の苗を入手するには、@専門業者から購入、Aネットオークションで入手、B蘭友から分けてもらう、等の方法があります。専門業者、オークションいずれも信用のおける取引先からの購入を心がけることが重要です。とくに花期に花を確認したうえで購入できればいいですが、そうでない場合はなおさらです。

 小苗から大株まで苗の大きさも様々、価格も大きな差がありますが、その後の成長や花が咲くまでの期間を考えるとバルブが3個以上ついている中苗かそれより大きな苗をおすすめします。

 初心者は土佐寒蘭の西谷山産(鮮やかな花色で新芽の色が白く美しい物が多い)の古い銘品のような、かつては高価であっても今は株が増えて安価になったものを購入されるのことをおすすめします。日光、桃里、豊雪、かぐや姫、楊貴妃、金鵄など多くの品種があります。

よく殖えるということは丈夫で育てやすいということでもあります。

 

植え方と栽培環境

 鉢について。

 寒蘭の植え込みはやや細長い鉢を使います。春蘭鉢よりさらに背が高い寒蘭用の鉢を使われることが多いです。従来から楽焼等の陶器製の鉢が一般的ですが比較的高価です。プラスチック製(CRANE、鶴岡商事のものが多い)の鉢は安価で栽培成績も良いです。鉢の大きさは株の根が過不足なく収まる程度のサイズが適当です。子苗なら4号、中苗なら4〜4.5号、成株なら5〜6.5号くらいの鉢が目安です。

筆者はやや余裕のある鉢にゆったり植えるようにしています。

用土について

 硬質鹿沼、日光砂、薩摩土などの崩れにくい団粒状で保水性もある用土7割に、固い軽石、日向土、焼赤玉土等を30%程度混ぜたものが一般的です。筆者は用土の種類はこれでないといけないということはなく、ある程度水持ちの良く、かつ崩れにくいものであればよく、入手しやすいもので植えればいいと思います。用土の粒は中粒(7mmくらい)〜小粒(3mm)の混合したものを主体に、鉢の下部はやや荒め、上部はやや細かめで植えるのが普通です。

 用土は時間が経つと劣化します。条件によりますが、生育が順調なものでもおおむね2年に一度植え替えます。年間を通じて植え替え可能ですが、生育のうえでの適期は春先(3月〜4月)、もしくは初秋(8月終わり〜9月)です。また、病害などで株にダメージを受けた鉢は季節を問わずただちに植え替えます。

 植え替えの作業例はこちら

栽培環境

 寒蘭は暖地の植物ですので、寒さは苦手です。また、自生地は広葉樹の木漏れ日が当たる日陰です。

 冬は寒風を避けられる屋内やフレーム、春から秋はゆるやかに風が通り、適度に湿度があるフレームの中などが理想ですが、みなさんそれぞれ環境を工夫すれば寒蘭の栽培は可能です。

施肥

 施肥は初心者が最も失敗しやすいことの一つです。植物体にたくさん肥料が取り込まれたらその分成長も捗りますが、一つ問題があります。与えた肥料から溶け出した肥料分(チッソなど)は鉢中の水分を伝わって根の表面へ伝わります。蘭の根のまわりの水分量は自然乾燥と水やりによって変動します。根の表面の肥料分はその水分の乾燥に伴いどんどん濃縮されていきます。もっとも肥料分が濃くなったときに、根の表面が許容するより濃い肥料分になってしまうと、傷口に塩を塗ったように蘭の根もダメージを受けます。これが肥料負けだと筆者は考えます。

 一般に、寒蘭の肥料は薄めに・・と言われるのはこのような背景からです。ではどれだけならいいのか?というのは一概には言えませんが、筆者は年三回(3,6,9月)、油かすや骨粉などを加工した有機肥料(グリーンキング)を5号鉢で1.5〜2g程度与えています。

 そのほか、水やり時に3000倍〜4000倍とかに薄めた液体肥料を与えることもあります。これは個体肥料にくらべて肥料焼けし難いのではないかと考えています。高温期に暑さで弱った株には有効と思います。

 肥料は植物が成長しているときにそれを助けるため与えるもので、休眠期(晩秋〜冬〜早春)には絶対に与えてはいけません。

 ★寒蘭栽培のポイントは日照管理と用土の適湿の保持です。寒蘭の葉は普通の植物のように強い日光を受け止めることが出来ない構造になっています。強い光を当てるとすぐに日焼けして葉が傷みます。かといって環境が暗すぎても生育不良で花付きが悪くなります。

 筆者の経験では年間を通じて1日のもっとも明るい時間(太陽の南中時)で最低7000ルクス以上、最高は春秋で15000ルクス以下、夏は高温を避けるために10000ルクスよりやや暗め、というのが目安と考えています。ダイオネットやよしずなどの遮光資材などをうまく使って調節しますが、最近は安価な照度計が売られているので、これを利用して客観的に明るさを計測することをおすすめします。遮光無しで快晴の太陽光をまっすぐに(=最大に)受けるとどの季節でもおおよそ120000ルクス以上あります。それを考えると寒蘭の好む環境がいかに暗いかがお分かりいただけると思います。人間の目による明暗の感覚はあてになりません。

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 適湿の保持は水やりの頻度をうまく調節することです。寒蘭は太い根に水分を蓄えています。水やりを切らしたからと行ってすぐに枯れるものではありません。

むしろ恒常的な加湿は有害な細菌の繁殖をうながし、根や新芽の腐り(スッパ抜け)や炭そ病、軟腐病などの病害の原因になります。水やりはやるときは鉢の底まで水が届くようしっかりやりますが、次の水やりは鉢の表面がしっかり乾いてから、さらに3日後にやる、が基本です。

 水やりの作業例はこちら


四季の管理

 

 3月になって一般の植物が成長を始めても、暖房などの加温無しで育てている寒蘭はまだ動き出しません。滋賀県では5月後半頃にその年の新芽が伸び出します。

 水やりは植え方にもよりますが、7日に一回程度が目安、鉢の表面が乾ききってから与えます。

 暖かくなると病害のリスクも高くなります。寒蘭は健全な株を入手し、鉢の湿度や日照など適切な環境で栽培すればおおむね病害には強いものですが、予防を兼ねて月に一回度程度、殺菌剤(バリダシン、ベンレート、アミスターなど)と殺虫剤(アディオン、オルトランなど)を散布しておくことをおすすめします。いずれも規定倍率にうすめて使用します。

 太陽光が強くなって来ますので、ダイオネットなどの遮光資材で調節します。照度計の数値だと快晴で一日の最も明るいときに13000ルクス程度が最適です。

伸びだした新芽

 6月からは一段と気温が上がります。寒蘭も1年でもっとも成長が活発な時期です。

 灌水は春と同様、適湿を保つようにしますが、気温が上がって植物の蒸散が活発になる分、水やりの頻度は多くなり、4日から7日間隔で鉢の様子を見ながら与えます。

 太陽の日射しは6月がピークですが、気温は一年で7月後半から8月がもっとも高く、日射しと高温による葉の痛みに細心の注意が必要です。春の遮光にもう一段加えて最高10000ルクス弱程度が理想です。蘭舎などの閉じられたスペースで栽培されている場合は熱のこもりによる高温にも注意が必要です。寒蘭は湿度があれば最高40度を少しくらい超えても大丈夫ですが、毎日40度を超えるようなら換気を強化したり、さらに遮光を強めたりの対策をします。扇風機でゆるやかに空気を動かして蘭の葉からの蒸散を促して葉の温度を下げるのも効果的です。

 病害虫対策は春に準じます。高温期は病害虫の発生も多発しますので、日頃の観察と殺菌殺虫には念を入れて頻度を2週間に一度程度に増やしてもいいと思います。

芽かきの前と後

 ★ワンポイント 6月から7月にかけてバルブから新芽が出ますが、場合によっては複数の新芽(2-3芽)が出ることがあります。立派な新バルブの成長を促すためと前年バルブの充実を図るために、新芽の数を各前年バルブから1つだけに制限する「芽かき」を行うことがあります。この秋に立派な花芽をつけるためには有効な方法です。鉢の上層の用土をどけて、切除する新芽を消毒したハサミやカッターで根元から切り取り、切り口に癒合剤を塗っておきます。株を早く増やしたい場合にはこの芽かきは行いません。

伸びてきた花芽

 秋風が吹いて日射しが和らぐと、充実したバルブからはいよいよ今年の花茎が伸び始めます。一年でもっとも心がおどる季節です。伸びた花茎は10月ごろから開花を始めて、ピークは11月中旬です。1年の栽培の成果があらわれるときです。

 水やりは春に準じます。夏の間増やした灌水の回数も気温の低下と鉢乾燥の鈍化にともない回数を減らしていきます。

 9月の中旬には日射が急に少なくなります。遮光についても、春に準じた遮光に戻していきます。

 病害虫の防除も春に準じますが、伸び出した花茎が虫に食害されることがありますので、予防を兼ねた殺虫剤散布(アディオン、オルトランなど)の散布をおすすめします。

 支柱立て 開花した株

 ★ワンポイント 寒蘭の花茎はまっすぐに上に伸びてくれればいいのですが、必ずしもそうとは限りません。もし展示会などできれいに咲かせてみたいなら、花茎の伸びるのに従って支柱に添わせて行くことが広く行われています。いろいろな方法がありますが、市販のアルミ針金等を鉢に立てて、花茎の伸びるにつれ先端部を順次毛糸などで縛って留めていくのが手軽な方法かと思います。

 展示会の様子

 各地の展示会も終わり、12月になると寒蘭の生育も衰えて、休眠に入ります。寒蘭は5度C以下では成長を止めると言われています。来年の春まで寒風を避けた環境の変化の少ないところで休ませます。

 温室やワーディアンケースのようなところで越冬させる方もあるようですが、日射が当たったときと夜間の温度差が大きくなると株が弱りますので要注意です。そのような場合は、筆者の経験では、どうせ休眠期で成長しないので、思い切って暗くして気温の上昇を押さえたほうがいいと思います。

 冬の水やりは生育期にくらべて極端に少なくなります。鉢の乾きも遅く、半月から3週間に一度程度が基本です。寒蘭は暖地とは言え日本に自生する植物ですので、寒さにそれほど弱いわけではありません。寒風が当たらずまた鉢が加湿でなければ、一時的にマイナス5度程度でも枯れることはありません。鉢内の水分が度々凍ったり融けたりを繰り返すと根が傷んでしまいます。水やりは氷点下でない日の昼間を見計らってやるようにします。 

 肥料は与えてはいけません。   

 雪に埋もれた筆者の蘭舎蘭舎の内部

 


株の増やし方

 大きな株を2つに株分けした前と後

 

株分け

 読んで字のごとし、大きくなった株を分けることです。

 バルブから複数の新芽が出ると株が二股になって、翌年以降一株全体の新芽が増えていきますが、これら旧バルブと新芽をセットにして、最低2〜3個のバルブがつくように株を分けます。バルブとバルブを消毒したハサミかカッターなどで切り分けます。傷口には癒合剤を塗っておくと安心です。下のバルブ吹かしに比べて活着率が高く、その後の生育にも衰えが少ないメリットがあります。

 

旧バルブはずし

 このような用語が正式にあるのか筆者は知りませんが、前述の株分けと似ていますが、新芽を付けないで、旧バルブ(バックバルブ)のみを切り離して行うことです。寒蘭のバルブは条件が良ければ5-6年は葉と根がついたまま生き続けます。古いバルブのみを外して植えても、株に力があれば新芽が発芽してきます。活着率(新芽の発生率)はかならずしも高くありませんが、芽数が増えていない株でも増殖させられるという点ではメリットが有るかと思います。

また、古いバルブは葉姿が小さかったり、葉が傷んだりしているものが多いですが、それらを株本体から切り離すことによって、株全体の見栄えを良くできるという意味もあります。

 

実生

 花同士を交配して実をつけさせて、これを蒔いて増殖させることです。寒蘭はラン菌との共生関係やその発生過程が特殊なこともあり、通常の草花のようにタネから育てるのは容易ではありません。

寒蘭自生地では寒蘭の自生に適した場所にタネを巻いて(山蒔き)、発芽を何年も気長に待つということが趣味家の間では行われますが、筆者は経験がありません。気候的に滋賀県では難しいのでは?と思います。

 また、ラン菌によらず発芽させる方法に、透明容器に寒天や肥料分を入れて無菌滅菌した人工培地にタネを蒔いて育てる無菌培養という方法がありますが、これも筆者は経験がありません。

 趣味家の中には人工交配でできた品種を嫌う人もあり、賛否の別れるところです。

 

 このページの画像とリンク先の動画の一部は高知県のwoodsさんより提供をいただきました。(感謝!) 

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